京都地方裁判所 昭和41年(レ)63号 判決 1968年8月28日
控訴人
福村ふさえ
代理人
田辺哲崖
被控訴人
藤田圭吾
代理人
有井茂次
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実<省略>
理由
一被控訴人が、訴外富田誠治と共同して、昭和三七年九月一五日、前主塩見長三郎から、土地(1)を買受け、同年一一月一三日、富田との合意のもとに、塩見長三郎から被控訴人へ所有権移転登記を経由したこと、その後、被控訴人が富田との合意に基づき共有物たる土地(1)を本件土地と土地(3)とに分割して本件土地を被控訴人の所有とし、土地(3)を富田の所有とし、昭和三八年一二月一三日、その分筆登記を経由し、同月一四日、土地(3)につき富田へ所有権移転登記を経由したこと、本件土地につき同月二八日付売買予約を原因とし控訴人を権利者とする京都地方法務局伏見出張所同日受付第二七、〇一三号所有権移転請求権保全仮登記および同日付売買を原因とし控訴人を取得者とする同出張所昭和三九年一月七日受付第八九号所有権移転登記が存在することは、いずれも当事者間に争いがない。
二<証拠>を綜合すれば、訴外山崎隼止は、昭和三八年一二月二八日、被控訴人のためにすることを表示して、控訴人との間に、被控訴人所有の本件土地を代金四一〇万円で控訴人に売渡す旨の売買契約を締結し、同日、控訴人から、右代金全額の支払を受けたことを認めうる。
三控訴人は、山崎が被控訴人から右売買契約締結の代理権を授与されていた旨主張するけれども、これに符合する<証拠>は採用できず、他に右主張事実を認めうる証拠はない。
四(一) よつて、控訴人の民法第一一〇条第一一二条の表見代理の主張について判断する。
基本代理権の消滅後、従前の代理人が、なお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をなした場合に、相手方が自称代理人の行為につきその権限があると信ずべき正当の理由を有するときは、民法第一一〇条と一一二条の競により、当該代理人と相手方との間になされた行為につき、本人をしてその責に任ぜしめるのを相当とする(最高裁判所昭和三二年一一月二九日第二小法廷判決、民集一一巻一二号一九九四頁参照)。
(二) そこで、被控訴人が山崎に基本代理権を授与したか否かについて判断する。
<証拠>を綜合すると、被控訴人(昭和四年六月三〇日生、医師)および富田(昭和一三年三月一〇日生、当時同志社大学法学部学生)が共同で土地(1)を買受けた後、昭和三七年夏頃、山崎(大正二年六月二三日生)の紹介により当時同人が勤めていた土木建設業戸川組が土地(1)の宅地造成工事を完成したこと、その後、被控訴人と富田は、土地(1)を事実上本件土地と土地(3)に分割し、昭和三八年夏、富田は土地(3)の上にアパートを建築したが、被控訴人は、本件土地を売る気持になり、同年秋、本件土地をよい値で買う買主をさがすことを山崎(当時富田方で居候をして、富田のため、アパート建築の現場監督、貸家の管理等をしていた)に依頼したこと、同年一二月一〇日頃、土地(1)の地目を畑から宅地を変更し、土地(1)を本件土地および土地(3)に分割し、土地(3)の所有権を富田へ移転する各登記手続を進めるため、富田と山崎(当時も富田方に居候をしていた)が被控訴人宅(高槻市幸町)を訪れるや、被控訴人は同人等と共に飲酒の上、同人等を自宅に一泊させ、その際、被控訴人は、山崎(および富田)に対し、右地目変更、分筆および所有権移転の各登記手続を土地家屋調査士等に委任する代理権限を授与し、山崎はその時鞄を所持していなかつたので、富田が、右手続に必要な土地(1)の権利証、被控訴人の実印、印鑑証明書三通を持ち帰つたこと、その後、山崎は、富田より被控訴人の実印、印鑑証明書三通、土地(1)の権利証を受取り、右地目変更および分筆登記の各手続事務を宮橋正雄土地家屋調査士に委任し、右所有権移転登記手続事務を大西千枝子行政書士に委任し(前記印鑑証明書一通を交付)、その結果昭和三八年一二月一三日地目変更および分筆登記がなされ、次いで、翌一四日所有権移転登記がなされたこと、富田は、大西行政書士だけに右所有権移転登記手続事務を電話で依頼したにすぎず(従つて、宮橋土地家屋調査士に対しては、山崎が単独で委任している)、右手続完了後土地(3)の権利証および被控訴人の実印を山崎より受取つただけで、本件土地の権利証を大西行政書士のところより回収することもなく、すべて山崎に委せきりであつたことを認めうる。<証拠>のうち、右認定に反する部分は採用しえない。
(三) よつて、山崎が、前記認定の地目変更、分筆および所有権移転の各登記手続を土地家屋調査士等に委任することにつき被控訴人より授与された基本代理権消滅後、右代理権の範囲に属しないこと明らかな本件土地売買契約を、被控訴人の代理人と称して、相手方たる控訴人との間で結んだ際、控訴人は山崎が右行為につき被控訴人を代理する権限があると信ずべき正当の理由を有していたか否かについて判断する。
「代理権消滅後従前の代理人がなお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をなした場合において、相手方が該行為につき本人の責任をとうには、相手方は、従前の代理権の存在を知り、かつこれを知るが故に右代理権消滅後の越権行為につき権限ありと信ずべき正当の理由を有するにいたつたことを要する。」とする見解がある(東京高等裁判所昭和二九年二月二六日第四民事判決、高民集七巻一号一一八頁)。
しかし、相手方が従前の代理権の存在を知ることおよびこれと相手方の誤信との間の因果関係の存在は、表見代理成立の要件ではなく、相手方が自称代理人の行為につきその権限があると信ずべき正当の理由を有したか否かを判定する一資料にすぎないと解するのが相当である。<証拠>を綜合すると、前記認定のように山崎は、地目変更、分筆および所有権移転の各登記手続を終えた後、被控訴人の実印および富田の所有名義となつた土地(3)の権利証を富田に渡したが、本件土地の権利証は大西行政書士の許に預けたままとなつていたこと、その後山崎は、被控訴人の代理人と称して不動産取引業者玉村猪三郎に本件土地の登記簿閲覧書、図面等を示して、右土地売渡の仲介を依頼し、玉村は、同業者清水与市に本件土地買受人の斡旋を依頼したこと、清水は、かねて控訴人(明治四三年一月一七日生、小学校養護教諭)より適当な宅地買受の仲介を依頼されていたため、昭和三八年一二月二〇日頃、控訴人に本件土地の登記簿閲覧書、図面を見せたうえ、同月二四日頃、玉村と共に、控訴人を本件土地に案内し、控訴人は本件土地を買受ける気になつたこと、その後、玉村および清水は、本件土地売買に関する山崎の代理権を確認するため、大西行政書士事務所へ赴き、山崎の言うとおり、山崎が被控訴人に代り前記地目変更、分筆および所有権移転の各登記手続に関与した事実および本件土地の権利証が大西の許に預けられたままになつている事実を大西より聞いて確認し、山崎が本件土地売買の代理権を有するものと信じ、本件土地売買契約を、同月二八日(土曜日)大西行政書士事務所で行う旨控訴人および山崎に通知し、なお念のため、山崎には被控訴人を同行するよう頼んだこと、同月二八日山崎は、富田に対し、先になした分筆の坪数訂正に被控訴人の実印が必要である旨偽つて、先に渡した被控訴人の実印を富田より受取り、大西行政書士事務所へ赴き、同所に集つた玉村、清水および被控訴人に対し、同行する筈であつた被控訴人は医者として診察に忙しいため、来ることはできないけれども、自己が被控訴人の代理人として、売買契約を結ぶよう被控訴人より頼まれて実印を預つてきた旨述べて被控訴人の実印および印鑑証明書二通(前記三通のうち未使用の二通)を示したこと、控訴人は、山崎が従前前記認定の代理権を有していたことについて説明を受けずに、被控訴人の実印、印鑑証明書、本件土地の権利証を示されたうえ、売買の仲介人である玉村および清水より大丈夫だと言われて、山崎が本件土地売買の代理権限を有するものと信じ、いささかも同人が代理権限を有しないことに疑義をはさむことなく、山崎より年を越して契約するならば土地代金を上げなければならない旨言われて、同日右事務所で、被控訴人の代理人と称する山崎との間に、本件土地の売買契約を締結し、即時同所で土地代金三二〇万円を支払い、所有権移転請求権保全仮登記申請をした後、同日午後野村証券京都支店で、残代金九〇万円を支払い、翌年一月七日、所有権移転本登記申請をしたことを認めうる。
右認定の事実および上記(二)認定の事実のもとにおいて、控訴人は、山崎の本件土地売買の代理行為につきその権限があると信ずべき正当な理由を有したものと判断する。
代理人と称する者が本人の実印ならびに取引の目的とする不動産の権利証を所持しているときでも、なおその者に当該本人を代理して法律行為をする権限の有無について疑念を生ぜさせると足りる特別の事情が存する場合には、直接本人に問い合わせるなどして右権限の有無について調査すべきであり、これを怠り、その者に契約を締結する代理権限があると信じても、このように信じたことには過失があり正当の理由があるものとはいえない(最高裁判所昭和四二年一一月三〇日第一小法廷判決、民集二一巻九号二四九七頁)。しかし、本件において、山崎の権限の有無について疑念を生ぜさせるに足りる特別の事情は認めえない。
(四) したがつて、右売買契約により本件土地の所有権は被控訴人より控訴人に移転し、被控訴人への所有権移転登記は、実体に符合するものである。
五してみると、本件土地が被控訴人の所有であることの確認、本件各登記の各抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求は、理由がないから失当として棄却すべきところ、これと判断を異にし、右請求を認容した原判決は取消を免れない。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小西勝 杉島広利 寒竹剛)